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こんにちは!サワムラ葉月です。

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プロフィール文が想像以上に長くなってしまったので(笑)サクッと読みたい方はこちらの枠内をご覧ください↓

サワムラ葉月
  • チャネリングアーティスト(ヒーリングアート・ライトランゲージアート・エネルギーアート)
  • オルゴナイトクリエイター(Instagram→@u.to.p.ia
  • ハーバリスト

幼少期から目に見えない世界が大好きだったが、HSP/エンパス体質のためか10代から多くの霊障に悩まされ生きることが困難に感じる。アウェイクニング(大きな気づき)をきっかけに本格的にスピリチュアルの世界に足を踏み入れる。ヒーリング・エネルギーワークなどで癒しや自己解放を進めるうちに、全ては自分の内側に原因があって問題(霊障含む)を引き寄せていることや、自分の内側が外側の世界に反映されていることに気づく。自然が大好きでエネルギーに敏感なメッセンジャー。

わたしの母方の祖父母には霊感があり(特に祖父は視える人だった)、わりと目に見えないものに対して理解のある家庭で育ちました。

亡くなった祖母が母の夢の中で「寒い寒い」と言って出てきて、お墓に行くとお墓の扉が少し開いていて風が入ってきていたり‥。

他にも、ある日わたしが親戚が亡くなる夢を見て、朝起きると母は「明け方に親戚が亡くなった」という連絡が入って家にいませんでした。あとから聞いた話では、母が親戚と対面した際にわたしが夢で見たシチュエーションと毛布の色まで一致していて驚きました。

【↑突然スプーンだけが激しく動き出すのを目撃した子供時代】

こういった不思議な体験はよくあり、父方の祖父から「夢見が悪かったから事故に気をつけて」などの連絡が早朝に入ることも‥。

ご先祖様や仏様などに対して信仰深い親族の中で育てられたせいか、目に見えない事柄を信じて生活することは自然なことでした。

ただ信仰深さとスピリチュアリティの目覚めや探求、理解は決して比例しないので(というか別物?)‥その後、視点の違いから両親とは隔たりが生まれました。

子供の頃は夜になるとたくさんの光が見えていました。また、自分では記憶にないけど「そこに人が立っているよ」などの言動をして両親を怖がらせたこともあったようです。

よく人ではない声を聞いていましたが当時は「人」だと思っていました。

幼少期のスピリチュアル体験実話/霊体験“誰もいない部屋から聞こえる声”子供の頃といえば、今よりも余計な意識が少ないのでスピリチュアルに通じやすいとも言われますよね。 妖精が見えたり会話できたり、目玉お...

それが中学生くらいになると学校生活や集団に馴染めなくなり、今思えばHSPやエンパス体質でした。その事を自分自身や家族、周囲の大人に理解されなかったこともあり徐々に自己否定感が強まっていきます。

生きることがどんどん辛くなって「生まれてきた意味」と「生きる意味」を考えすぎてしまい、20歳くらいまでは日常生活を健全な精神状態で送ることが困難でした。

高校も1度退学。

そういった自己受容・自己愛の低い状態では数え切れないくらいの霊障に悩まされ、それは30歳頃まで続きました。一番霊障に悩まされた時期は高校生の時で「ハードな金縛り」「聞こえる」「体感する」「パラレルに飛ぶ」など様々な症状から夜眠ることができなくなり、精神科を受診。

思春期の頃エンパス&HSPで恐怖体験に悩まされ続けた現象とその理由エンパスとHSPの違いははっきりとわかりませんが、エンパス・HSP・霊感という視点から10代の頃に悩まされ続けた恐怖体験について考えてみ...

そこでも根本的な解決には至らず、処方されていた睡眠薬も実は「オリゴ糖(まだ子供だったため)」だったと最近親から聞かされました。

そんなこともあって10代の頃から霊能者や霊媒師のカウンセリング(霊視)、お祓いを受けることは日常的でした。また、自分のこういった体質を心底恨み、血が繋がっているのに何も感じない兄弟などを羨ましく思いました。

1度高校を退学してからは美術を専門に学べる高校を再受験し、年下の同級生たちと3年間絵を描いて過ごしました。そして美大で美術教諭の知識を学び、卒業後は会社員として過ごしながら博物館学芸員の資格を取るために再度美大で学びました。

当時は「自分もやっと人と同じラインに並べた。このまま結婚して家庭を作り、両親に認められたい。普通のいっぱしの大人になる。」と、他人軸で人生の目標を作り上げていました(その後まったく真逆の道を歩みことになりますが)。

会社員時代は、よく体を壊したり交通事故に遭いながらも「どうしてこういった現象が自分の身に起こるのか?」と自らを振り返って考えることは一度もありませんでした。というか、そんな暇もないくらいワーカーホリックでした。

「自分のような異質な人間は、頑張って一般社会に馴染まないといけない。」という意識が誰よりも強く、自分の感情に蓋をして心身ともに疲弊していきました。働けば働くほど“自分の何かがすり減っていく”と感じていました。

また、自分のことがこの世で一番嫌いでした。そのため、社会に認められることと他者から認められる(自分が愛せない代わりに誰かから認められて愛してもらいたい)ことが何よりも重要でした。そうしなければ生きている価値がないと思い込んでいたためです。

もうお分かりの通り、この間も霊障は続いていました。

転機は2019年に友人の紹介で霊能者のカウンセリングを受けたことでした。「このままだと死ぬよ」などと告げられ、なぜか意識が180度変わったことです。

アウェイクニングは突然起きた!原因は多大なストレスと最善のタイミングアセンションの道を辿る過程で起きる大きな気づきをアウェイクニングとして、わたしの体験日記を書いていきます。 2019年1月にアウェ...

一種のアウェイクニング(大きな気づき)だったと思うのですが、今までの人生を送ってきた自分が「全くの他人」のように感じられ「私は一体今まで何をしていたんだろう?なんでここにいるの?どうしてこの人と結婚しているの?なんでこんな仕事をしていたの?‥」というようなビックリの興奮状態になりました。

つい数時間前までの思考や感情はもう一切なく、長い眠りから目覚めたような感覚でした(イメージ的には、ずっと何十年も眠っていてやっと目覚めたら記憶喪失になっていた感じ)。実際に、今までは“自分”から目をそらして深い眠りの状態で現実を生きてきたのだと思います。

勿論、この変容体験は周囲の家族には理解されませんでした。特に当時の配偶者からは「もとに戻ってほしい」と懇願されましたが、わたしは「戻るなんてありえない、これがもとのわたしだから」とやっと正気に返った感覚でした。

その感覚はとても現実的で、確かなものだったので断言できました。そしてそれは今もずっと変わりません。

アウェイクニング・アセンションを話した際の周囲の反応や批判についてアウェイクニング体験や地球のアセンションについて話すと、周囲から偏見の目で見られたり予想外の言葉に傷ついたり、話が合わずに困惑するという...

そこから、ヒーリングやエネルギーワークを受けて自己解放・癒しを続けながら現在に至ります。

子供の頃から絵を描くことが大好きで、本格的に絵を学んで描き始めたのは16歳の頃でした。高校では様々な手法のアートをいったん学ぶのですが、その中で「抽象画」と出会ったのが今の作風に繋がります(思えばずっと同じ作風です笑)。

【↑2010年の作品“garden universe”の部分】

絵や音楽・小説などの創作物は、作り手が意識しないうちにチャネリングしていると言われます。

なので究極的には‥世の中にある絵は全部チャネリングアートだと思っています。

スピリチュアル性のある(といっても絵画は全部そうだと思うけど‥)アートはヒーリングアート、エネルギーアート、エナジーアート、スピリチュアルアートとも呼ばれますが、全部あてはまります。

ブログでは肩書きにこだわらず、スピリチュアルな気づきをシェアしていけたら嬉しいです。

▶︎アート作品を紹介しているInstagramはこちら→@ascension.note

ここまでお読みいただいてありがとうございました!

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